memo/20070925
created 2007-09-25 modified 2007-09-25
道を歩いていて脈絡もなく考えたことをメモ。
子供を育てるにあたり、親が子供に「こうなってほしい」像を押し付けることは好ましくないと考えていた。
私が少ない人付き合いから得た直感では、否定要素を多少含むアイデンティティを持っているひとは、面白いひとが多いように思う。
逆に、いわゆる肯定的アイデンティティを持つひと、つまり親がこうあれと考えたアイデンティティに対し素直にそれを受け入れて育ったひとには、私の感覚では「つまらない」ひとが多かった。
それで、親はとくに子の将来像を持たずに(積極的にバイアスを排除して)育てるのがいいのではないかと漠然と考えていた。
が。
その考え方は一見いい考えに思えたが、実は無秩序な放任主義であって、あまり良くはないものかも知れない。ある意味「子育てアナーキズム」と名づけても間違いではないかも知れない。
数学の授業を思い出すと、乱歩はどちらかに傾くほうが多いし、統計でも層別抽出法のほうが現実との誤差が少なくなる。
てことで、完全なニュートラルというものがそもそもなく、ある程度サポートしたほうが、(その子の生まれ持った素性自体に対して)素直に育つのかも知れない。
未整理。
これはひどい
「痛いニュース」より。
【朝日新聞】「『アタシ、もうアベしちゃおうかな』という言葉があちこちで聞こえる …そんな大人げない流行語を首相が作ってしまったのがカナシイ」
まさにアサヒってる。
私は、日本人が遠い過去に、粗末な下着しかつけていない貧しいものであってもとても礼儀正しかった、と外国人から評された(おそらく馬屋さんに対する評価)という話を聞いたとき、多少なりともそれを誇りに感じていた。
また、常識をわきまえない勧誘員(不法侵入、身分を偽っての勧誘)があまりに多い 読売 は一生購読しないと決めているが、
朝日は記事がひどい。これはひどすぎる。
国民からの間接選挙で選ばれた自国の首相に対する、それがあなたがたの礼儀か。
学生時代は朝日と日経をとっていました。歴史に詳しい友人から「割と学のあるひとでも無知による左傾のひとがかなりいる」と指摘され、複雑な心境でした。
大人になって自分から情報を取捨選択するようになって、彼の言わんとしたことが少しずつ分かってきた。
従業員が自然破壊の捏造をしたり、放火をしたり、幼女を誘拐するのは、おそらく朝日新聞社の体質のなせる業なのだろう。
読売の勧誘員が不法な勧誘を行うのと同じくらいに。
産経の偏向もかなり痛々しいし、つまり新聞はもうだめってことか。